2011年12月08日

「原発はいらない」ぜひ意思表示を

先日、南相馬に行ってきました。
放射線物質による影響で、人口は半分以下、復興も儘なりません。
ですが、その地でも懸命に生活されている皆さんの姿が、印象的でした。

原町聖書教会 (南相馬・原町聖書教会にて)

先日、福島県知事が原発全廃を復興計画にいれることを表明しましたが、
原発事故を防ぐには、津波の防護壁や電源車を作ることでも、
国や電力会社を非難することでもなく、国民一人一人が関心を持って、
しっかりと「原発はいらない」と意思表示をしていくことだと思います。

東京都と大阪市では国民投票を求める署名運動も始まっています。

http://www.chikyumura.org/earthquake/2011/post-115.html

原発について、下にまとめてみたので、ぜひ一読してみてください。

■原発について、知ってもらいたいこと…

これまで原発は誰しもが危険性を感じながらも、「安全」「安価」「クリーン」なエネルギーか
のように謳われ、なんとなく見過ごしてきたと思います。
私自身もその一人です。ですので、私自身にも責任の一旦があると思っています。

しかし、地震大国日本に原発を作ること自体が、そもそも危険な行為なんですよね。
少なくとも福島第一の1号機は、津波による電源喪失の前に、最初の地震の衝撃で、
圧力容器への損傷が発生したのは確かです。
2号機、3号機も、フル稼働中に地震発生により急停止、冷却水を失った状態で、
さらに津波で非常用電源を失い、急激に温度上昇、炉心融解(メルトダウン)、
水素爆発を引き起こしていきました。

水素はメルトダウンによって発生するそうですが、当時発表はされなかったと
思います(その可能性を指摘した保安院の審議官は、即座に更迭されました)。

原発の発電量は30%と言われますが、この30%がなくても、30%足りなく
なるわけではなく、火力、水力の発電量だけで国内最大消費量は満たせる
計算なのです。
ここに地熱などの自然エネルギーを加えていけば、十分に賄えます。
ちなみに日本の原発は54基作られていますが、全発電能力の15%しか
使っていません(つまり、使わなくても電力は足りている状態でした)。

にもかかわらず、なぜ日本に原発が作られてきたのでしょう…。

これまで漠然と、水力、火力に変わる発電として、低コストで、環境を壊さない
原子力が使われてきたイメージがあったかと思います。
そのように、官民一丸となって啓蒙されてきたからです。

もちろん、このイメージは「フクシマ」で否定されました。
3月11日以後、ドイツ、スイス、イタリアをはじめ世界各国が次々と脱原発へと動き始めています。
にもかかわらず、日本はいまだに原発にこだわっているようです。

それは、なぜでしょう。。。

そもそも原子力は危険なものです。
だからこそ「安全」のために、保安院をはじめ19の機関が作られたわけです。

保安院だけでも、国の予算が年間376億円がつぎ込まれ、審議官の給与は
年間1600万円が支払われています。
また原子力安全委員会の委員には週1回、数時間の会合のために、
年間1650万円の給与が払われてきました。
もし自分が、これだけのお金がもらったら、正直、原発をやめられるでしょうか?

これら費用は経産省が出す原発のコストに含まれていません。
その他にも原発立地の地域への対策費が支出され、各種施設も建設されてきました。
ここにも多くの利権か絡んでいるはずです。

今回の震災や事故は「想定外」と言われていますが、地震による配管の欠損の可能性も、
電源喪失による危険性も、海外の原子力機関が指摘し、メーカーも認めていたものでした。
事前に警告があったにもかかわらず、原子力の「安全神話」を守らなくてはならない人
たちは、この「危険」を表沙汰にはできず、結果、事故も防げず、多くの放射性物質を巻き
続けているというわけです。

結果として、何より放射能汚染による汚染、周辺住民への被害、農林水産業に与えた
ダメージ、除染にかかる費用…。
お金の問題だけではなく、健康や生活の基盤が奪われてしまったわけです。

そもそも地震大国日本に、原発を作ることは自ら爆弾を抱えるようなものです。
原子力に頼らずとも、十分に電力はまかなえます。

原発のコストは、火力水力と比べて、決して安いものではありません。

原発も製造過程で多くのCO2を排出し、稼働すれば大量の熱を放出しています。
温暖化対策にもなりません。
まして、これだけ放射性物質を撒き散らしてしまった原発は、クリーンなエネルギーとは
言えないと思います。

それでも、日本に原発は必要でしょうか。。。。

震災後、浜岡を止め、「脱原発」を打ち出した管前総理は、急激に風当たりが強くなり、
辞任にまで追い込まれていきました。
もちろん、それだけが退陣の原因ではないかもしれませんが、「再生可能エネルギー
特別措置法案」は、最後の意地だったかもしれませんね。
野田総理になってから、原発視察に行った経産相が辞任に追い込まれて以後、
むしろ原発促進させようという構えになっています。

よろしければ、これらの話を分かち合ってください。
これは私たち国民一人一人の責任でもあると思うのです。

もし原発がいらないと思うのであれば、ぜひ皆さんなりの方法で「原発はいらない」と意思表明していただければと思います。


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2011年11月10日

2012年4月イスラエル聖地旅行のご紹介

荒野に生きるアイベックスイスラエルの地で、聖書の世界を旅してみませんか?

荒野で生きる動植物たち、ガリラヤ湖の風景、エルサレムの雑踏…、
聖書の世界がリアルに、体感できます。

にこまるツアーでは、クリスチャン向けの聖地旅行を企画、団体手配をしております。

詳しくは、ホームページでご覧ください。


ことばは人となり、私たちの間に住まわれた… 神と人が共に生きた現場へ―

●2012年4月 聖地旅行のご紹介 (各先生、教会で予定されている団体旅行です)

2012年 4月17日(火)〜4月27日(金)北本福音キリスト教会 イスラエル聖書の旅 11日間
 2012ktm.jpg  ★イスラエルの地を少人数でゆっくり周ります。 

  旅行代金 成田発着 予価 ¥379,000 ※
 ※空港諸税、燃油料等別。最終調整中です。
 最少催行人員 8 名様 (外部から参加受付 お問い合わせください)


 ★教会、宣教団体などでの団体旅行の企画、手配を御希望の方もお問い合わせください。

 よろしくお願いいたします。

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いろんな笑顔、描きたい― にこまるツアー

東京都台東区台東4−30−8 宮地ビル本館7F
TEL (03)5812−7080
FAX (03)5812−7085
韓国旅行専門サイト  http://www.nikomaru.jp/
イスラエル専門サイト http://www.nikomaru.jp/acts/
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2010年04月30日

聖書を旅する〜荒野に生きるアイベックス

荒野に生きるアイベックス

「荒野に生きるアイベックス」
Photo: Chikara Takeshita 

イスラエルの荒野に行くと、アイベックスという、野生のヤギが数多く生息しています。
彼らは、外的から身を防ぐためか、普段、崖の高いところを好んで生活しています。


しかしながら、当然なことに、水は崖のはるか下を流れているわけです。
しかも、年間降水量30mmという、ただでさえ水の乏しい地域。
川と言っても、そのほとんどは水のない、ワディと呼ばれる水無川です。

彼らは、ごく限られた地下水が湧き出て流れている谷川のわずかな水を慕い求めて、
ほとんど垂直、断崖絶壁とも言える崖でも、彼らは強靭な足と爪で、上り下りしていくのです。

まさに、荒野のロック・クライマー!

日本は、水も食料も豊富です。
そればかりか海外からも、多くの水や食糧もさらに輸入し、
いろんな物にもあふれているにもかかわらず、
年間自殺者は3万人以上…、何かがおかしい。


決して、水や食料がどれだけあっても、生きていけない、
いや、そのことにも気がつかないまま、心は脱水症状を起こし、
たましいが渇ききってしまうのかもしれません。

聖書の中にある詩の中に、こんな詩があります。
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」詩篇42:1

昔は、野生の鹿も棲息していたのかもしれませんが、おそらく、このアイベックスが
「谷川の流れを慕う鹿」ではないかと思われます。
この詩の作者もまた、心の渇きと絶望のどん底にいたようです。


「私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。」詩篇 42:2


頭だけのただの「神」ではない、この荒野の地でヤギや鹿たちをも生かす「生ける神」。
この「神」こそが、私も、生かしてくださるに違いない…
「絶望」が襲い掛かる中で、己のたましいに向かって、言い聞かせていくのです。

「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか…。
 神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。 詩篇 42:11


人生、山あり谷あり…。
もし神がいるなら、なぜ、なだらかな平坦な道ばかりではないのでしょう…
そんなふうにも思えてしまうのですが、
その山を越え、谷を越えた先にこそ、見えてくるもの、得られるもの、
神が見せたいものもあるのかもしれませんね。


あの過酷と思える自然環境の中で、アイベックスたちが生き、子を産み、
群れを成している姿を見ていると、
あ、自分はまだまだ大丈夫…と、勇気や力も湧いてくるから不思議です。


荒野でヤギや鹿を生かす神がいる…!

生きるためには、水も食べ物も、多くの物が必要です。
でも、本当に、いのちあるものだけが、いのちを慰め、励まし、生かすことができるような気がします。

「あなたは岩間の野やぎが子を産む時を知っているか…。 

 わたしは荒れた地をそれの家とし、不毛の地をその住みかとした。」ヨブ 39:1, 6


(写真・文 竹下 力/にこまるツアー・聖望キリスト教会伝道師) 

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2010年02月25日

聖地旅行に行ってきました〜荒野に雨、ガリラヤには花

聖書の世界をライブする!〜2010年2月 聖地旅行に行ってきました。
今回の参加者は、5名という少人数。

旅行会社的には採算が合わない人数。
会社に無理言って、添乗分は持ち出し、無理矢理やらせてもらった…って感じですが、大正解!

普通では見れない雨の降った荒野やら、雪化粧したヘルモン山、ガリラヤでは花が咲き、
イスラエルの自然を堪能。しかも少人数。ゆったり、ガイドの説明もよく聞けて、皆様も大満足。
とっても贅沢な旅行となってしまいました。

おいおい、このブログでも掲載していきますが、
荒野の花 ロッテム今回の目的の一つは、イスラエルの自然を味わうこと。

…野の花を見よ。空の鳥を見よ。

有名な聖書のことばですが、
その姿の中に、「自然」…神が創られた「いのち」があるんですよね。

普段、私自身、どれだけ花を見、空の鳥を見ているかというと疑問です。
見てはいても、特別、感動していないと思うのです。荒野に芽生えた命

ところが、イスラエルに来ると違います。
年間平均降水量わずか30mmという荒野の世界が、すぐ間近にある場所です。
普段、石やら岩やら、乾ききった地面の、まっ茶な世界。
転がっている岩を退ければ、危ない蛇やら、さそりが簡単に出てくるところです。

その荒野に雨が降ると、その2〜3日後には、
普段、草木1本ないところに芽が吹き出し始め、
花を咲かせるのです。

ガリラヤ湖の花感動です!

ガリラヤ地方は、まだ地中海性気候ですが、
それでもお花が咲くのは、
この時期、2月の2〜3週間がピーク。
3月、4月にもなれば、サウジアラビアから
熱い風が吹いてきて、花も草も茶色くなってしまうようなところ。。。

アネモネの花そのガリラヤにも雨が降り、1日1日、真っ赤なアネモネが増えていくのです。
今回は、珍しい薄紫のアネモネも見ることが出来ました。

普段、花には目もくれないようなおじさんたちも、大興奮!
そこには、「いのち」の感動があるんですよね。
私たち人間も、アネモネ同じ自然界に生きる「いのち」ある存在です。

そんな、ごくごく当たり前のようなことですが、
普段、日常生活の忙しさに追われていく間に、忘れてしまっているような気がします。

今、気づいたのですが、
「忙」という字は、心を亡くす、心を亡ぼすと書きますが、
「忘」という字も、亡くした心、亡んだ心って書くんですね。。。

日本は、イスラエルに比べたら、ある意味、自然は豊かだし、花々も豊富。
でも、年間自殺者3万人を出している社会でもあります。
私たちは、何かもっと、大切なもを忘れてしまっているのかもしれません。

「いのち」というもの。
日本に戻ってから、道端に咲いている花にも、ふと目が留まるようになりました。
普段から、そんな小さな「いのち」を感じていければな〜と思うのです。

ちなみに、イスラエルに行って、シクラメンがどんな花なのか、はじめて知った
そんな私なのでした。。。^_^;

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2010年01月05日

にこまる通信■あけましておめでとうございます。


「光は、やみのなかで輝いている。やみは、これに打ち勝たなかった。」ヨハネ1:5

新年あけましておめでとうございます。2010日の出.jpg
皆様、どのような新年をお迎えになられたでしょうか。

私は、正月、日の出を見てきました。
本当は「初日」を見に行くつもりだったのですが、
あいにく諸々の事情???により、正月2日となりました(笑)

日の出前の薄暗い中、特に年末年始冷え込んだこともあって、
寒いこと寒いこと。。。
ですが、太陽が昇り来るところにある雲には、反射した赤ばんだ
光が輝いて、とてもきれい。。。夜明けの期待感が膨らみます。

そうこうしている間に、静寂を切り裂くような強烈な光をもって、
太陽が顔を覗かせます。
太陽の光って、ものすごく暖かいんですよね。。。。

…光は、やみのなかで輝いている!

太陽の力強いエネルギーを感じ、鳥たちの歌声に喜びを感じ、
自分もこの自然界で生かされている。。。
新年の幕開けを心と体で感じた瞬間でした(2日なんですが。。。)

2010年は、どのような1年になるでしょうか。。。
いや、どのような1年にしていくか…なんでしょうね。

今年は、2月にイスラエル聖地旅行を、また一般向けの韓国旅行でも、
障害のある方のための旅行手配や、農業体験ツアーなどの新しい
取り組みも計画しています。

世間では、未曾有の不景気や暗いニュースも続いていますが、
夜明けの太陽のように、にこまるは、にこまるらしく、皆様の笑顔を
目指して、明るい1年にしていきたいと願っております。

本年もよろしくお願いいたします。

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■2月イスラエルに行ってきます。

この2月、にこまる独自の聖地旅行が催行されます。

イエス様が生き、愛されたイスラエルの現場に触れていただくことで、
様々な気づきや、新たな希望にも繋がることを願い、聖地旅行事業に
取り組んでいます。

よろしくお祈りください。

■「聖書の世界をライブする!」 ―神と人が共に生きた現場へ― ■
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間
http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

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■韓国 格安航空券情報 
 
◎ソウル往復 
 年明けスペシャル航空券 \14,000〜 (諸税等込 19,720〜)

 1/10〜1/14 成田午後遅め発(便限定) /午前戻 
 ★2/2ご出発分まで、価格が下がりました。お問い合わせください。
■専用車で送迎!韓国2 名様以上ホテル付プラン
★別途、観光・食事の手配も承ります★
◎ソウル 3日間 お一人様 \19,800〜 (諸税等込 \25,520〜)

 1/11〜13 成田午後遅め発/午前戻 格安ホテル指定なしの場合
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■台湾専門サイト 仮オープンしました http://www.nikomaru.jp/taiwan/

にこまるの台湾専門サイトが仮オープンしました。
にこまるは、韓国の他、台湾も得意とする地域の一つなのです。

サイトまだまだこれからですが、台湾への社員旅行や団体手配も
承っておりますので、ぜひお問い合わせください。

サイトも今後充実していきたいと思っております。お楽しみに。。。

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いろんな笑顔、描きたい― にこまるツアー

東京都台東区台東4−30−8 宮地ビル本館7F
TEL (03)5812−7080
FAX (03)5812−7085
E-MAIL tour@nikomaru.jp 
韓国旅行専門サイト  http://nikomaru.jp
イスラエル専門サイト http://www.nikomaru.jp/acts/
株式会社HMC 東京都知事登録旅行業第3-3609号
――――――――――――――――――――――――――


 

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2009年11月19日

聖書を旅する〜荒野の先にある「しあわせ」

主は、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出し、
燃える蛇やさそりのいるあの大きな恐ろしい荒野、
水のない、かわききった地を通らせ、堅い岩から、あなたのために水を流れ出させ、
あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。

それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、
ついには、あなたをしあわせにするためであった…!! 
申命記8:14〜16


荒野の旅路 イスラエル・ネゲブ砂漠

「荒野の旅路」
 Photo: (C) Chikara Takeshita

 出エジプトというと、「エジプト」や「シナイ山」のイメージが強くなりますが、ベエルシェバから南側に広がるネゲブ砂漠一帯こそ、モーセが率いるイスラエルの民が放浪していた場所です。
 現在の国境には捉われず、地図でエジプトとの位置関係を確認してみてください。

 北はダンから、南はベエル・シェバまで―

 ベエルシェバより南になると、水のない荒野…ネゲブ砂漠一帯が広がっていきます。
 砂漠といっても、砂原というよりは、岩肌の表れた、まさに文字通りの「荒野」です。
 モーセの率いるイスラエルの民は、40年間もの間、この地を彷徨うことになります。
 
イスラエル・荒野の旅 車窓から この荒野を旅するとき、旅行者の皆さんにお願いすることは、必ず20分に1口は水を含むこと。
 特に、乾燥地帯に慣れていない日本人は、気づかぬうちに肌から水分が奪われ、瞬く間に脱水症状を引き起こしてしまうからです。
 もし…、それにもかかわらず、
 ガイドや添乗員が、水を用意もしなければ、買う場所にも案内しなければ、どうなるでしょう…。
 おそらく、大クレームになってしまうと思います。

 出エジプトした民が、まずモーセに求めたのも、水。
 これは、ただ喉が乾いたとか、水か飲みたい…というレベルではないのです。
 おいおい、このままだったら死ぬぞ!という、生死を賭けた要求です。

 荒野を旅する時、コップ一杯の水が、まさしく「いのちの水」に変わります。

荒野に生きるアイベックス そんな荒野で、どこで水を見つけるのでしょう。。。野生のアイベックス(野ヤギ)が、顔を覗かせます。
 枯れたような潅木も、地の奥深くにあるような、かすかな水分で生息し、年に1度も雨の降らないようなこの地にも、ひとたび雨が降れば、一斉に草花が芽吹きはじめ、一面に花を咲かせるそうなのです。
 
 一見、死に面した荒野ですが、「いのち」を実感させてくれるのが、この荒野ではないでしょうか。

 それは、頭や概念ではなく、まさしく生活、体全体で、私たちを生かしてくれる「神」という存在をリアルに感じさせてくれるところでもあるのです。

 日本は、水や緑、自然の幸にも恵まれ、どんなに不況とは言っても、世界有数の経済大国であることには変わりはありません。
 にもかかわらず、多くの人が貧しさを感じ、また自殺者も年間3万人を数えています。

 ついには、あなたをしあわせにするためであった…!! 

 イスラエルの土地は、日本に比べれば、決して豊かとは言えないかもしれません。

 しかし、この荒野を通る時、そこはまさしく「乳と蜜の流れる地」になりうるのでした。



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


  旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年11月06日

聖書を旅する〜ダビデの五つの石

ダビデはサウルに言った。
「こんなものを着けては、歩くこともできません。慣れていないからです。」

ダビデはそれを脱ぎ、 自分の杖を手に取り、川から五つのなめらかな石を選んできて、
それを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近づいた…。
1サムエル 17:39〜40


ダビデとゴリアテが戦ったエラの谷

「兵どもの夢の跡 〜エラの谷〜」
photo: (C)Chikara Takeshita

 ユダ部族であったダビデと、ペリシテの巨人ゴリヤテが戦った「エラの谷」。
 2008年10月にはエラの要塞跡から古代ヘブライ文字が発見され、実際に、このあたりでペリシテとイスラエルの攻防が行われていたことも判明してきています。まさしく古戦場であった場所です。

サウルは、巨人ゴリアテに戦おうとするダビデに、自分のよろいかぶとを着させます。
ですが、それを着たダビデは、まともに歩くことも出来ません。
慣れていなかったからです。

ダビデは、サウルのよろいかぶとを脱ぎ捨て、
いつもどおりの羊飼いの格好で、自らが一番得意とする石投げで勝負を挑むのです。

私たちも大きな問題や困難にぶつかった時、
ついつい慣れていない、よろいかぶとを身に付けては、
四苦八苦、守ろうとしているのかもしれません。
他の人も、それでは無理だ、あれがいい、これがいいと薦めてくれるかもしれません。

ですが、なかなか、うまくいきません。慣れていないからです。

神は、一人一人に違った能力、個性を与えてくれています。
ダビデの勇気は、その自分に力を与えてくれている神への信頼からくるものでした。

…私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。
 1サムエル 17:45

エラの谷での石拾い 
 エラの谷での石拾い

自分にとっての得意とするもの、「5つの石」とは何でしょう…。

このエラの谷で、探してみたいものです。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


  旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年10月31日

聖書を旅する〜ナザレから何の良いものが出るだろう…


ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」

ピリポは言った。「来て、そして、見なさい。」
ヨハネ  1:46

ナザレの街並み

「ナザレの街並み」
photo:(C) Chikara Takeshita 


 イエスと出会ったピリポが、ナタナエルに声をかけた時、ナタナエルは、こう答えます。

 「ナザレから何の良いものが出るだろう…」

 ある意味、正解なのです。

ナザレといえば、ガリラヤ地方にある小さな街です。
当時は、本当に小さな田舎の村といった方が適切かもしれません。
今でこそ、世界中のクリスチャンの間では、イエスが育ち、公生涯が始まるまで生活していた街として
有名かもしれませんが、このこと以外には、聖書はもちろん、歴史の表舞台に出てくることはありません。
もし、この事実がなかったら、「ナザレ」という名前が知れ渡ることもなかったことでしょう。

時折、イエスは、「ガリラヤのナザレのイエス」とか「ナザレの大工イエス」とも呼ばれていますが、
いうなれば「静岡の下川原の太郎さん」という感じなのです。

 「下川原」って、どこ?

 …と思われると思いますが、私の生まれ育った所なのでして、まさにそういった感じでしょう。

 そのナザレに行くと、ステンドグラスが美しく、各国の民族の姿で描かれた聖母子のモザイク画も飾られて、立派な「マリアの受胎告知教会」があります。

  
 IMG_1589.jpgIMG_1594.jpg 

…が、今日は、そのとなりにある地味目な「大工ヨセフの教会」に注目します。

地下にいくと、イエスの時代に、大工の作業痕跡がある洞窟があります。

すなわち、この洞窟が大工であった父ヨセフの家と推測され、
ここで母マリアとともに、イエスも生活していたことになります。

大工なのに、自分の家がないということが不思議に感じるかもしれませんが、
当時の大工とは、こういった洞窟に扉や、家具類を作る職人か、
さもなくば、出稼ぎで裕福な家のレンガ造りの家を立てる日雇い大工でしかありません。
 IMG_1613.jpg
大工ヨセフの教会 大工の痕跡が残る洞窟


今にしてみれば、とても貧しい生活です。
ですが、これがナザレの一般的な住まいなのです。

…ことばは、人となり、私たちの間に住まわれた。

しかし、本当に、そういう名もない小さな村で、
しかも、何の肩書きも身分なく、
大工という貧しい生活をしていた、
この「ナザレのイエス」のもとに、
多くの人々は集まり、多くの感動を受け、
ユダヤを揺り動かし、さらには世界に渡って、
その名を響かせていくことになるのです。

「ナザレから何の良いものが出るだろう…」

「ナザレ」に何の意味があるのか…。

実は、ここに聖地旅行の意義もあるように思います。
何のために、イスラエルにまで行ってみる必要があるのか…。

ナタナエルは、ある程度、聖書にも精通していたかもしれません。
確かに、「ナザレ」には、何の預言も、意味も、事件も、ありませんでした。

でも、行って、見なければ、本当のところはわかりません。


 …ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」

   ピリポは言った。「来て、そして、見なさい…!!」


そして、ナタナエルは、この「ナザレ」のイエスと、人生最大の出会いを果たすことになるのです。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年10月21日

聖書を旅する〜夜明けのガリラヤ湖

夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。

けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった…。
 ヨハネ 21:4

IMG_1547.jpg

ガリラヤ湖の夜明け
photo:(C) Chikara Takeshita


 ヨハネの福音書の最後には、復活した主イエスが、漁に出かけていた弟子たちと会うために、
ガリラヤ湖の岸辺に立たれた記事が出ています。

 明け方、ホテル近くのガリラヤ湖の岸辺に行くと、朝日と共に1層の船が。。。

 イースター(過ぎ越し)のある4月頃、サウジアラビアの方から砂交じりの暑い風が吹き始め、
写真のように靄がかかったようになります。
 ちょうど、主イエスから見た弟子たちの船は、このような情景だったかもしれません。

 主イエスが捕らえられた時、3度「知らない」と言ってしまったペテロに、復活の主イエスは3度、「わたしを愛するか」と尋ねられます。
その「3度」に、ペテロの心の傷が疼くのです。
なぜ、主イエスは、3度、語られたのでしょうか。皮肉か、嫌味か、ちょっと頭にきていたのか、なぜでしょう。。。

 いや、「3度」の傷を負ってしまったペテロだからこそ、「3度」の絆を結ぼうとしたのではないでしょうか。

 当時の漁船をモデルにした遊覧船
当時の漁船のモデルにした船
 ガリラヤ湖の漁師
 ガリラヤ湖の漁師
 ペテロの再召命教会
ペテロの再召命教会
 主はペテロに同じく3度、こう語りかけるのです。

 「わたしの羊を飼いなさい。」
 あなたは、列記としたわたしの弟子だよ。どうか、わたしの羊を養ってください…。

 もし、ペテロが5度傷を追ったのなら、主イエスも5度、
さらに傷ついたのなら、何度でも語りかけてくれるに違いありません。

ガリラヤ湖畔には、この記事に基づく、ぺテロの再召命教会もあります。

不完全な私たちの人間関係の中で、全く傷つかない人はいないと思います。
誰かに傷つけられた傷。誰かを傷つけてしまった傷。私にもいろいろな傷があります。

主イエスの赦しと癒しを受けながら、多くの絆を結べる者へと変えられていきたいものです。


…ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」
 と言われたので、心を痛めてイエスに言った。

「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。
 あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」

イエスは彼に言われた…。「わたしの羊を飼いなさい…。」



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

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2009年10月20日

聖書を旅する〜エルサレム 十字架の道

彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」

…そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。 
ヨハネ19:15〜16
聖地旅行記 エルサレム 十字架の道

「ヴィア・ドロローサX 十字架を担ぐ巡礼者」
(C)Chikara Takeshita


 アントニア要塞跡から聖墳墓教会まで十字架を背負った道が、ヴvia05.jpgィア・ドロローサです。

 旧市街の中にあり、街の造り、雰囲気は、当時も今もほぼ同じです。聖書の記事や伝承から14のステーションに分かれていますが、それらを探している余裕もないほど、人ごみの中、狭い路地を抜けていくことになります。

 時は、過越の祭りの直前。各地からユダヤ人が集まってきていたことを考えると、多くの人ごみの中で揉まれる様にして歩いていったことがわかります。


■聖墳墓教会

「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。
ルカ 23:33

聖地旅行記 エルサレム 聖墳墓教会
 十字架が建てられたゴルゴダの丘と、主イエスが納められた聖墳墓からなっています。
  旧市街の城壁内に位置していますが、キリスト時代には城壁の外となり、教会のある下の岩には、十字架の立てられた痕跡も多く見つかっています。

 罪状書は「ユダヤ人の王」。

 いわば、テロリスト、政治犯としての死です。
 多くの群集たちが、イエスを支持していったため、当時の宗教政治家たちから危険視されたのでした。
 
聖地旅行記 エルサレム ゴルゴダの十字架 教会には、考古学的にも十字架の痕跡のある岩の上に、金色に装飾された十字架が立てられていますが、実際の十字架は、もっと曲がりくねった、ふしだらけの木に、血と汗の滲む十字架だったはずです。
 
 わずか3年半の公生涯の間、多くの病人を癒し、罪人を赦し、当時の宗教政治家たちから非難を浴びても、人を愛する事をやめなかったイエス。
 
 まさしく、人々を愛し、罪を赦していった結果の十字架だったでした。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

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