2009年10月31日

聖書を旅する〜ナザレから何の良いものが出るだろう…


ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」

ピリポは言った。「来て、そして、見なさい。」
ヨハネ  1:46

ナザレの街並み

「ナザレの街並み」
photo:(C) Chikara Takeshita 


 イエスと出会ったピリポが、ナタナエルに声をかけた時、ナタナエルは、こう答えます。

 「ナザレから何の良いものが出るだろう…」

 ある意味、正解なのです。

ナザレといえば、ガリラヤ地方にある小さな街です。
当時は、本当に小さな田舎の村といった方が適切かもしれません。
今でこそ、世界中のクリスチャンの間では、イエスが育ち、公生涯が始まるまで生活していた街として
有名かもしれませんが、このこと以外には、聖書はもちろん、歴史の表舞台に出てくることはありません。
もし、この事実がなかったら、「ナザレ」という名前が知れ渡ることもなかったことでしょう。

時折、イエスは、「ガリラヤのナザレのイエス」とか「ナザレの大工イエス」とも呼ばれていますが、
いうなれば「静岡の下川原の太郎さん」という感じなのです。

 「下川原」って、どこ?

 …と思われると思いますが、私の生まれ育った所なのでして、まさにそういった感じでしょう。

 そのナザレに行くと、ステンドグラスが美しく、各国の民族の姿で描かれた聖母子のモザイク画も飾られて、立派な「マリアの受胎告知教会」があります。

  
 IMG_1589.jpgIMG_1594.jpg 

…が、今日は、そのとなりにある地味目な「大工ヨセフの教会」に注目します。

地下にいくと、イエスの時代に、大工の作業痕跡がある洞窟があります。

すなわち、この洞窟が大工であった父ヨセフの家と推測され、
ここで母マリアとともに、イエスも生活していたことになります。

大工なのに、自分の家がないということが不思議に感じるかもしれませんが、
当時の大工とは、こういった洞窟に扉や、家具類を作る職人か、
さもなくば、出稼ぎで裕福な家のレンガ造りの家を立てる日雇い大工でしかありません。
 IMG_1613.jpg
大工ヨセフの教会 大工の痕跡が残る洞窟


今にしてみれば、とても貧しい生活です。
ですが、これがナザレの一般的な住まいなのです。

…ことばは、人となり、私たちの間に住まわれた。

しかし、本当に、そういう名もない小さな村で、
しかも、何の肩書きも身分なく、
大工という貧しい生活をしていた、
この「ナザレのイエス」のもとに、
多くの人々は集まり、多くの感動を受け、
ユダヤを揺り動かし、さらには世界に渡って、
その名を響かせていくことになるのです。

「ナザレから何の良いものが出るだろう…」

「ナザレ」に何の意味があるのか…。

実は、ここに聖地旅行の意義もあるように思います。
何のために、イスラエルにまで行ってみる必要があるのか…。

ナタナエルは、ある程度、聖書にも精通していたかもしれません。
確かに、「ナザレ」には、何の預言も、意味も、事件も、ありませんでした。

でも、行って、見なければ、本当のところはわかりません。


 …ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」

   ピリポは言った。「来て、そして、見なさい…!!」


そして、ナタナエルは、この「ナザレ」のイエスと、人生最大の出会いを果たすことになるのです。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年10月21日

聖書を旅する〜夜明けのガリラヤ湖

夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。

けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった…。
 ヨハネ 21:4

IMG_1547.jpg

ガリラヤ湖の夜明け
photo:(C) Chikara Takeshita


 ヨハネの福音書の最後には、復活した主イエスが、漁に出かけていた弟子たちと会うために、
ガリラヤ湖の岸辺に立たれた記事が出ています。

 明け方、ホテル近くのガリラヤ湖の岸辺に行くと、朝日と共に1層の船が。。。

 イースター(過ぎ越し)のある4月頃、サウジアラビアの方から砂交じりの暑い風が吹き始め、
写真のように靄がかかったようになります。
 ちょうど、主イエスから見た弟子たちの船は、このような情景だったかもしれません。

 主イエスが捕らえられた時、3度「知らない」と言ってしまったペテロに、復活の主イエスは3度、「わたしを愛するか」と尋ねられます。
その「3度」に、ペテロの心の傷が疼くのです。
なぜ、主イエスは、3度、語られたのでしょうか。皮肉か、嫌味か、ちょっと頭にきていたのか、なぜでしょう。。。

 いや、「3度」の傷を負ってしまったペテロだからこそ、「3度」の絆を結ぼうとしたのではないでしょうか。

 当時の漁船をモデルにした遊覧船
当時の漁船のモデルにした船
 ガリラヤ湖の漁師
 ガリラヤ湖の漁師
 ペテロの再召命教会
ペテロの再召命教会
 主はペテロに同じく3度、こう語りかけるのです。

 「わたしの羊を飼いなさい。」
 あなたは、列記としたわたしの弟子だよ。どうか、わたしの羊を養ってください…。

 もし、ペテロが5度傷を追ったのなら、主イエスも5度、
さらに傷ついたのなら、何度でも語りかけてくれるに違いありません。

ガリラヤ湖畔には、この記事に基づく、ぺテロの再召命教会もあります。

不完全な私たちの人間関係の中で、全く傷つかない人はいないと思います。
誰かに傷つけられた傷。誰かを傷つけてしまった傷。私にもいろいろな傷があります。

主イエスの赦しと癒しを受けながら、多くの絆を結べる者へと変えられていきたいものです。


…ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」
 と言われたので、心を痛めてイエスに言った。

「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。
 あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」

イエスは彼に言われた…。「わたしの羊を飼いなさい…。」



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

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2009年10月20日

聖書を旅する〜エルサレム 十字架の道

彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」

…そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。 
ヨハネ19:15〜16
聖地旅行記 エルサレム 十字架の道

「ヴィア・ドロローサX 十字架を担ぐ巡礼者」
(C)Chikara Takeshita


 アントニア要塞跡から聖墳墓教会まで十字架を背負った道が、ヴvia05.jpgィア・ドロローサです。

 旧市街の中にあり、街の造り、雰囲気は、当時も今もほぼ同じです。聖書の記事や伝承から14のステーションに分かれていますが、それらを探している余裕もないほど、人ごみの中、狭い路地を抜けていくことになります。

 時は、過越の祭りの直前。各地からユダヤ人が集まってきていたことを考えると、多くの人ごみの中で揉まれる様にして歩いていったことがわかります。


■聖墳墓教会

「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。
ルカ 23:33

聖地旅行記 エルサレム 聖墳墓教会
 十字架が建てられたゴルゴダの丘と、主イエスが納められた聖墳墓からなっています。
  旧市街の城壁内に位置していますが、キリスト時代には城壁の外となり、教会のある下の岩には、十字架の立てられた痕跡も多く見つかっています。

 罪状書は「ユダヤ人の王」。

 いわば、テロリスト、政治犯としての死です。
 多くの群集たちが、イエスを支持していったため、当時の宗教政治家たちから危険視されたのでした。
 
聖地旅行記 エルサレム ゴルゴダの十字架 教会には、考古学的にも十字架の痕跡のある岩の上に、金色に装飾された十字架が立てられていますが、実際の十字架は、もっと曲がりくねった、ふしだらけの木に、血と汗の滲む十字架だったはずです。
 
 わずか3年半の公生涯の間、多くの病人を癒し、罪人を赦し、当時の宗教政治家たちから非難を浴びても、人を愛する事をやめなかったイエス。
 
 まさしく、人々を愛し、罪を赦していった結果の十字架だったでした。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

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2009年10月19日

イスラエル旅行の安全度

 外務省の海外渡航情報によりますと、2009年9月30日より、ベエルシェバ、ベツレヘム、エリコなどの危険度が引き下げとなっており、現在のところ、例年以上に安定した状態となっております。

 イスラエル全体に、一番下の危険度ランク「十分注意してください」も出ておりますが、これは例年のものですので、注意は必要にしても、団体旅行で周るに分には、まず心配はありません。
 むしろ、エルサレム旧市街周辺などでは、置き引き、スリ、盗難などの注意の方が大切です。

 エリコ、ベツレヘム、エルサレムなど一部地域を除くヨルダン川西岸地区、ガザ地区、およびレバノン国境付近については、危険度が高く「渡航の延期をお勧めします。」が継続しております。
 これらの地域については、弊社といたしましても観光はお勧めできず、手配も行っておりません。

 弊社のツアー手配では、万全を期して、現地状況に精通した日本人クリスチャンガイドが、最新情報を確認し、安全を確かめた上でご案内してまいります。

 なお、新型インフルエンザに関して、感番下の危険度ランク「十分、注意してください」の感染危険情報も発出しておりますが、人口に対する感染率は、日本よりも低い状態です。
 日本国内と同様に、うがい、手洗いなどの感染予防対策が有効です。

■外務省の渡航情報  ※渡航前には、必ず最新情報をご確認ください。
  外務省海外安全ホームページ http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=44


-----
外務省「イスラエルに対する渡航情報(危険情報)」(2009/09/30)

2009/10/19現在有効

 ●西岸(ジェリコ、ベツレヘム、ラマッラ及びこれら3都市とエルサレムを結ぶ
  幹線道路並びに西岸内の国道1号線及び90号線を除く)、
  西岸との境界周辺、ガザ地区、ガザ地区との境界周辺、レバノンとの国境付近
    :「渡航の延期をお勧めします。」(継続)

 ●西岸のラマッラ及びラマッラとエルサレムを結ぶ幹線道路
    :「渡航の是非を検討してください。」(継続)

 ●ガザ地区との境界からイスラエル領内40キロ圏内の地域(アシュドッ
  ド、ベエルシェバを含む。ガザ地区との境界周辺を除く)
    :「十分注意してください。」(引き下げ)

 ●西岸のベツレヘム、ジェリコ及びこれら2都市とエルサレムを結ぶ幹線
  道路並びに西岸内の国道1号線及び国道90号線沿線
    :「十分注意してください。」(引き下げ)

 ●上記以外の地域(テルアビブ、エルサレムを含む)
    :「十分注意してください。」(継続)

新型インフルエンザに関する感染症危険情報(2009/10/15)

 イスラエル 「十分注意してください。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ●世界保健機関(WHO)は6月12日(日本時間)、現在の多くの国における
  感染の客観的状況と専門家の評価から、新型インフルエンザのパンデミ
  ック警戒レベルをフェーズ5から6に引き上げました。

 ●また、同時に、WHOは、この新型インフルエンザの感染者の圧倒的多数
  が軽症であり、早期に回復していること、及び世界的には死者数は少な
  く、今後重症・死亡例の急増はない見通しを伝えつつ、引き続き渡航制
  限は推奨しないとしています。他方、更なる感染拡大は不可避であるこ
  と、特に途上国における更なる感染拡大が懸念される旨指摘し、30代か
  ら50代の方々、基礎的疾患を持つ方及び妊娠中の女性が感染すると重症
  化する場合があるともしています。

 ●つきましては、上記のような世界的感染拡大にかんがみ、今後、海外に
  渡航を予定されている方及び既に滞在されている方は、渡航・滞在先の
  感染状況及びWHOの情報等最新情報を入手し、油断せず、かつ冷静に感
  染防止に努めるとともに、感染が疑われた場合には速やかに医療機関で
  受診してください(ただし、国によって状況が異なりますので、渡航・
  滞在先の公館等にご確認ください。)。

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2009年10月17日

聖書を旅する〜鶏鳴教会とイエスの愛したもう一人の弟子

 ペテロは、「鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います。」と
 イエスの言われたあのことばを思い出した。

 そうして、彼は出て行って、激しく泣いた…。 マタイ26:75

エルサレム ペテロの鶏鳴教会

[城壁の隙間から覗いた鶏鳴教会]
photo: (C)Chikara Takeshita

 現在のエルサレム旧市街城壁の南外側に「ペテロの鶏鳴教会(大祭司カヤパの官邸跡)」があります。
 当時は、今の旧市街よりも南側に広がっていて、カヤパの官邸も城壁内に位置しています。

ペテロ鶏鳴教会 エルサレム 逮捕された主イエスは、大祭司カヤパの官邸にて裁判を受けます。そこで、ペテロは主イエスのことを3度「知らない」と否定してしまったわけですが、そこまで行った勇気は褒められるべきことなのかもしれません。

 実は、もう1人、このカヤパの官邸に行った弟子がいました。ヨハネです。
 ヨハネは十字架の元にまで行った唯一の弟子です。
 一見最後まで忠実だったように思えるかもしれませんが、なぜ、ペテロだけは周りから責められ、ヨハネは何事もなく無事だったのでしょう…。

 ヨハネの福音書には、ヨハネは大祭司カヤパと知り合いで、門番とも顔見知りだったことが同時に描かれているのです。(ヨハネ18:15〜16)

つまり、ペテロは「イエスの弟子」として、ヨハネは「大祭司の知り合い」としてこの官邸にいたのでした。

ユダは公然と裏切り、ペテロは公然と否定した。
カヤパ官邸跡の地下牢
カヤパ官邸跡に残る地下牢


でも、ヨハネは…、影で裏切り、裏で否定していたのです。

大祭司と知り合いだから誰からも何も言われず、十字架の元にまで行くことができたし、大祭司と知り合いでいながらも、何もできなかったし、しなかったのです。

ですが、イエスは、そのヨハネに母マリアを託したのでした。

この事実は、他の福音書には描かれていません。

ヨハネの福音書では、最後、ヨハネ自身のことを「イエスが愛された弟子」として書かれています。

生意気そうですが、ヨハネは、「イエスを愛した弟子」とは到底、書けなかったのです。
しかし、そんなイエスを裏切り、卑怯な自分のことをもイエスが愛してくれたという信仰告白でもあり、
罪の告白でもあったのです。

「私たちが神を愛したのではなく、
 神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。
 ここに愛があるのです。」  1ヨハネ 4:10



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
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2009年10月16日

聖書を旅する〜信仰で維持した国 「嘆きの壁」

 エルサレムの平和のために祈れ。

  「おまえを愛する人々が栄えるように。
   おまえの城壁のうちには、平和があるように。
   おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように…。」
詩篇122:7〜6

エルサレム旧市街 嘆きの壁

 [嘆きの壁の前で祈るユダヤ人]
photo:(C) Chikara Takeshita

 神殿の丘の西側にあるのが通称「嘆きの壁」です。
 下から7段目までがヘロデ王が改修工事をした際の壁で、その上は後の時代に積み重ねられたもの。すべて白色のエルサレムストーンでできていますが、詰まれた年代の違いによって層ができています。地面の下にも実は14段ほど壁が埋まっています。

 その詰まれた石の重さは、祖国を追われることになったユダヤの歴史の重さとも言えるかもしれません。

 「今、イスラエルよ。あなたがたが行なうように私の教えるおきてと定めとを聞きなさい。

 そうすれば、あなたがたは生き、あなたがたの父祖の神、主が、あなたがたに与えようと
  しておられる地を所有することができる。」  申命記 4:1

嘆きの壁の前で聖書を読むユダヤ人 彼らはなんと2000年近くも祖国を失いながら、ただ神への信仰と聖書によって自国の言葉ヘブライ語を継承し、イスラエル人としてのアイデンティティを維持し続けてきたのです。

 いまだ世界地図から、日本 - JAPAN - の名前は消えたことのない日本人には、理解仕切れないものがあるように思います。

 ユダヤ人たちが、祖国復興、神殿再建を願い、この場所で祈る姿から「嘆きの壁」と呼ばれるようになりましたが、しかし、のユダヤ人たちは決して嘆いているばかりではありません。

 ここで神に礼拝を捧げ、聖書を読み、祈ることが彼らの希望でもあり、時に喜び、感謝も捧げているのです。



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
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2009年10月15日

聖書を旅する〜エルサレムと平和

エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、言われた。

「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら…。」ルカ 19:41〜42

オリーブ山から見たエルサレム夕景

[オリーブ山からのエルサレム夕景]
 photo: (C)Chikara Takeshita 

 イエス・キリストが十字架にかかる直前、エリコ方面からオリーブ山を超えて、エルサレムに入城されたと思われます。

 その後の出来事の記事を見ると、神殿に入り、日が暮れてたので戻られたことが書かれています。ですので、オリーブ山を通過したのも、夕方近くだったかもしれません。
 
主の泣かれた教会
主の泣かれた教会内から
神殿の丘を望む

 オリーブ山の中腹にある教会からは神殿の丘の様子がよく見えます。主イエスもユダヤ人の一人、エルサレムをこよなく愛していました。

 しかし、キリストの昇天後、AD66年に反ローマ勢力が強まりユダヤ戦争が勃発、AD70年ローマ軍によりエルサレムは崩壊することになります。

 エルサレムは、今でも、ちょうどイスラエル-パレスチナの狭間であり、ユダヤ、アラブがそれぞれに存在しています。そこに諸外国、キリスト教界も加わる形で、今もなお、エルサレムを巡って様々な争いも繰り広げられているのも現実です。
 
 この場所で、主イエスが泣いて言われた「平和」ということについて、考えてみたいものです。
 



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
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2009年10月09日

聖書の世界をライブする!聖地旅行のご案内

マサダ要塞跡地にて台風一過、皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか。。。


四季折々、緑も豊か、水には事欠かない日本ですが、
乾ききった水のない荒野では、コップ一杯の水が、
まさしく「命の水」に変わります。


そんな「水」を、ぜひ味わってもらいたくて、聖地旅行に取り組んでいます。


とりわけ今回は、定番の遺跡や記念教会以外にも、イスラエル荒野
なるべくイスラエルの自然や文化にも触れられるように
計画してみました。


 ・野やぎ(アイペックス)が生息する断崖絶壁の荒野の渓谷
 ・荒野の遊牧民ベドウィンのテント体験
 ・世界有数の渡り鳥の飛来スポット フーラ渓谷
 ・キブツ内のトロッコツアー


…など、イスラエルの気候、風土、文化を体感できるようにも工夫しています。


「こ嘆きの壁の前で祈るユダヤ人とばは人となり、私たちの間に住まわれた…」


このイスラエルの地で、イスラエルの民も、主イエスも、生活をしました。
そこには喜びと同時に、様々な苦悩もあったはずです。
そんな生活の現場で、まさしく彼らとともに生きた神の「いのちのことば」に
触れてみませんか。


■「聖書の世界をライブする!」 ―神と人が共に生きた現場へ― ■

 2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間
 旅行代金 成田発着 358,000 円 (空港諸税別) 
 ツアーリーダー 竹下 力(にこまるツアー/Holy Hope Project 伝道師
ガリラヤ湖の夜明け  旅行企画・実施 海外観光株式会社

  イスラエルの民が通った荒野 ―ネゲブ砂漠
  空の鳥を見よ、野の花を見よ…。―ガリラヤ湖周辺
 雑踏の中を通る十字架の道 ―エルサレム旧市街

 他、イスラエルの自然や文化にも触れられます。

 詳細は、ホームページで。ぜひぜひ、ご覧ください。!(^^)!
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml


――――――――――――――――――――――――――
いろんな笑顔、描きたい― にこまるツアー

東京都台東区台東4−30−8 宮地ビル本館7F
TEL (03)5812−7080
FAX (03)5812−7085
E-MAIL tour@nikomaru.jp 
韓国旅行専門サイト  http://nikomaru.jp
イスラエル専門サイト http://www.nikomaru.jp/acts/
株式会社HMC 東京都知事登録旅行業第3-3609号
――――――――――――――――――――――――――

 
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世界有数の渡り鳥の飛来スポット フーラ渓谷

イスラエルは、渡り鳥の飛来スポットです。
イスラエル北部フーラ渓谷(Hula Valley)の人工湖には、約2万5000羽のツルはアフリカへ渡らずに越冬しています。



四国ほどの面積のイスラエルですが、大自然の不思議もいっぱい。
今回の聖地旅行では、フーラ渓谷にも訪れ、黒鶴などの渡り鳥もバードウォッチングしたいと思っています。

−−−−−−−−−−−−−−−
 ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…

 ■2010年イスラエル聖地旅行■

イスラエル聖地旅行

 「聖書の世界をライブする!」

 ―神と人が共に生きた現場へ―

 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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