2009年10月20日

聖書を旅する〜エルサレム 十字架の道

彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」

…そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。 
ヨハネ19:15〜16
聖地旅行記 エルサレム 十字架の道

「ヴィア・ドロローサX 十字架を担ぐ巡礼者」
(C)Chikara Takeshita


 アントニア要塞跡から聖墳墓教会まで十字架を背負った道が、ヴvia05.jpgィア・ドロローサです。

 旧市街の中にあり、街の造り、雰囲気は、当時も今もほぼ同じです。聖書の記事や伝承から14のステーションに分かれていますが、それらを探している余裕もないほど、人ごみの中、狭い路地を抜けていくことになります。

 時は、過越の祭りの直前。各地からユダヤ人が集まってきていたことを考えると、多くの人ごみの中で揉まれる様にして歩いていったことがわかります。


■聖墳墓教会

「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。
ルカ 23:33

聖地旅行記 エルサレム 聖墳墓教会
 十字架が建てられたゴルゴダの丘と、主イエスが納められた聖墳墓からなっています。
  旧市街の城壁内に位置していますが、キリスト時代には城壁の外となり、教会のある下の岩には、十字架の立てられた痕跡も多く見つかっています。

 罪状書は「ユダヤ人の王」。

 いわば、テロリスト、政治犯としての死です。
 多くの群集たちが、イエスを支持していったため、当時の宗教政治家たちから危険視されたのでした。
 
聖地旅行記 エルサレム ゴルゴダの十字架 教会には、考古学的にも十字架の痕跡のある岩の上に、金色に装飾された十字架が立てられていますが、実際の十字架は、もっと曲がりくねった、ふしだらけの木に、血と汗の滲む十字架だったはずです。
 
 わずか3年半の公生涯の間、多くの病人を癒し、罪人を赦し、当時の宗教政治家たちから非難を浴びても、人を愛する事をやめなかったイエス。
 
 まさしく、人々を愛し、罪を赦していった結果の十字架だったでした。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

posted by acts at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖地旅行コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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