2010年04月30日

聖書を旅する〜荒野に生きるアイベックス

荒野に生きるアイベックス

「荒野に生きるアイベックス」
Photo: Chikara Takeshita 

イスラエルの荒野に行くと、アイベックスという、野生のヤギが数多く生息しています。
彼らは、外的から身を防ぐためか、普段、崖の高いところを好んで生活しています。


しかしながら、当然なことに、水は崖のはるか下を流れているわけです。
しかも、年間降水量30mmという、ただでさえ水の乏しい地域。
川と言っても、そのほとんどは水のない、ワディと呼ばれる水無川です。

彼らは、ごく限られた地下水が湧き出て流れている谷川のわずかな水を慕い求めて、
ほとんど垂直、断崖絶壁とも言える崖でも、彼らは強靭な足と爪で、上り下りしていくのです。

まさに、荒野のロック・クライマー!

日本は、水も食料も豊富です。
そればかりか海外からも、多くの水や食糧もさらに輸入し、
いろんな物にもあふれているにもかかわらず、
年間自殺者は3万人以上…、何かがおかしい。


決して、水や食料がどれだけあっても、生きていけない、
いや、そのことにも気がつかないまま、心は脱水症状を起こし、
たましいが渇ききってしまうのかもしれません。

聖書の中にある詩の中に、こんな詩があります。
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」詩篇42:1

昔は、野生の鹿も棲息していたのかもしれませんが、おそらく、このアイベックスが
「谷川の流れを慕う鹿」ではないかと思われます。
この詩の作者もまた、心の渇きと絶望のどん底にいたようです。


「私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。」詩篇 42:2


頭だけのただの「神」ではない、この荒野の地でヤギや鹿たちをも生かす「生ける神」。
この「神」こそが、私も、生かしてくださるに違いない…
「絶望」が襲い掛かる中で、己のたましいに向かって、言い聞かせていくのです。

「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか…。
 神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。 詩篇 42:11


人生、山あり谷あり…。
もし神がいるなら、なぜ、なだらかな平坦な道ばかりではないのでしょう…
そんなふうにも思えてしまうのですが、
その山を越え、谷を越えた先にこそ、見えてくるもの、得られるもの、
神が見せたいものもあるのかもしれませんね。


あの過酷と思える自然環境の中で、アイベックスたちが生き、子を産み、
群れを成している姿を見ていると、
あ、自分はまだまだ大丈夫…と、勇気や力も湧いてくるから不思議です。


荒野でヤギや鹿を生かす神がいる…!

生きるためには、水も食べ物も、多くの物が必要です。
でも、本当に、いのちあるものだけが、いのちを慰め、励まし、生かすことができるような気がします。

「あなたは岩間の野やぎが子を産む時を知っているか…。 

 わたしは荒れた地をそれの家とし、不毛の地をその住みかとした。」ヨブ 39:1, 6


(写真・文 竹下 力/にこまるツアー・聖望キリスト教会伝道師) 

ラベル:詩篇 イスラエル
posted by acts at 11:16| Comment(0) | TrackBack(1) | 聖地旅行コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 旅行会社のブログで、イスラエル聖地旅行のコラムを連載しています。 今日は、この2月に行った旅行記からの転載です。 「荒野に生きるアイベックス」 Photo: Chikara Takeshita..
Weblog: 本音で語る聖書のメッセージ-Holy Hope Project
Tracked: 2010-04-30 16:49
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