2010年02月25日

聖地旅行に行ってきました〜荒野に雨、ガリラヤには花

聖書の世界をライブする!〜2010年2月 聖地旅行に行ってきました。
今回の参加者は、5名という少人数。

旅行会社的には採算が合わない人数。
会社に無理言って、添乗分は持ち出し、無理矢理やらせてもらった…って感じですが、大正解!

普通では見れない雨の降った荒野やら、雪化粧したヘルモン山、ガリラヤでは花が咲き、
イスラエルの自然を堪能。しかも少人数。ゆったり、ガイドの説明もよく聞けて、皆様も大満足。
とっても贅沢な旅行となってしまいました。

おいおい、このブログでも掲載していきますが、
荒野の花 ロッテム今回の目的の一つは、イスラエルの自然を味わうこと。

…野の花を見よ。空の鳥を見よ。

有名な聖書のことばですが、
その姿の中に、「自然」…神が創られた「いのち」があるんですよね。

普段、私自身、どれだけ花を見、空の鳥を見ているかというと疑問です。
見てはいても、特別、感動していないと思うのです。荒野に芽生えた命

ところが、イスラエルに来ると違います。
年間平均降水量わずか30mmという荒野の世界が、すぐ間近にある場所です。
普段、石やら岩やら、乾ききった地面の、まっ茶な世界。
転がっている岩を退ければ、危ない蛇やら、さそりが簡単に出てくるところです。

その荒野に雨が降ると、その2〜3日後には、
普段、草木1本ないところに芽が吹き出し始め、
花を咲かせるのです。

ガリラヤ湖の花感動です!

ガリラヤ地方は、まだ地中海性気候ですが、
それでもお花が咲くのは、
この時期、2月の2〜3週間がピーク。
3月、4月にもなれば、サウジアラビアから
熱い風が吹いてきて、花も草も茶色くなってしまうようなところ。。。

アネモネの花そのガリラヤにも雨が降り、1日1日、真っ赤なアネモネが増えていくのです。
今回は、珍しい薄紫のアネモネも見ることが出来ました。

普段、花には目もくれないようなおじさんたちも、大興奮!
そこには、「いのち」の感動があるんですよね。
私たち人間も、アネモネ同じ自然界に生きる「いのち」ある存在です。

そんな、ごくごく当たり前のようなことですが、
普段、日常生活の忙しさに追われていく間に、忘れてしまっているような気がします。

今、気づいたのですが、
「忙」という字は、心を亡くす、心を亡ぼすと書きますが、
「忘」という字も、亡くした心、亡んだ心って書くんですね。。。

日本は、イスラエルに比べたら、ある意味、自然は豊かだし、花々も豊富。
でも、年間自殺者3万人を出している社会でもあります。
私たちは、何かもっと、大切なもを忘れてしまっているのかもしれません。

「いのち」というもの。
日本に戻ってから、道端に咲いている花にも、ふと目が留まるようになりました。
普段から、そんな小さな「いのち」を感じていければな〜と思うのです。

ちなみに、イスラエルに行って、シクラメンがどんな花なのか、はじめて知った
そんな私なのでした。。。^_^;

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2010年01月05日

にこまる通信■あけましておめでとうございます。


「光は、やみのなかで輝いている。やみは、これに打ち勝たなかった。」ヨハネ1:5

新年あけましておめでとうございます。2010日の出.jpg
皆様、どのような新年をお迎えになられたでしょうか。

私は、正月、日の出を見てきました。
本当は「初日」を見に行くつもりだったのですが、
あいにく諸々の事情???により、正月2日となりました(笑)

日の出前の薄暗い中、特に年末年始冷え込んだこともあって、
寒いこと寒いこと。。。
ですが、太陽が昇り来るところにある雲には、反射した赤ばんだ
光が輝いて、とてもきれい。。。夜明けの期待感が膨らみます。

そうこうしている間に、静寂を切り裂くような強烈な光をもって、
太陽が顔を覗かせます。
太陽の光って、ものすごく暖かいんですよね。。。。

…光は、やみのなかで輝いている!

太陽の力強いエネルギーを感じ、鳥たちの歌声に喜びを感じ、
自分もこの自然界で生かされている。。。
新年の幕開けを心と体で感じた瞬間でした(2日なんですが。。。)

2010年は、どのような1年になるでしょうか。。。
いや、どのような1年にしていくか…なんでしょうね。

今年は、2月にイスラエル聖地旅行を、また一般向けの韓国旅行でも、
障害のある方のための旅行手配や、農業体験ツアーなどの新しい
取り組みも計画しています。

世間では、未曾有の不景気や暗いニュースも続いていますが、
夜明けの太陽のように、にこまるは、にこまるらしく、皆様の笑顔を
目指して、明るい1年にしていきたいと願っております。

本年もよろしくお願いいたします。

――――――――――――――――――――――――――――――
■2月イスラエルに行ってきます。

この2月、にこまる独自の聖地旅行が催行されます。

イエス様が生き、愛されたイスラエルの現場に触れていただくことで、
様々な気づきや、新たな希望にも繋がることを願い、聖地旅行事業に
取り組んでいます。

よろしくお祈りください。

■「聖書の世界をライブする!」 ―神と人が共に生きた現場へ― ■
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間
http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

――――――――――――――――――――――――――――――
■韓国 格安航空券情報 
 
◎ソウル往復 
 年明けスペシャル航空券 \14,000〜 (諸税等込 19,720〜)

 1/10〜1/14 成田午後遅め発(便限定) /午前戻 
 ★2/2ご出発分まで、価格が下がりました。お問い合わせください。
■専用車で送迎!韓国2 名様以上ホテル付プラン
★別途、観光・食事の手配も承ります★
◎ソウル 3日間 お一人様 \19,800〜 (諸税等込 \25,520〜)

 1/11〜13 成田午後遅め発/午前戻 格安ホテル指定なしの場合
――――――――――――――――――――――――――――――

■台湾専門サイト 仮オープンしました http://www.nikomaru.jp/taiwan/

にこまるの台湾専門サイトが仮オープンしました。
にこまるは、韓国の他、台湾も得意とする地域の一つなのです。

サイトまだまだこれからですが、台湾への社員旅行や団体手配も
承っておりますので、ぜひお問い合わせください。

サイトも今後充実していきたいと思っております。お楽しみに。。。

――――――――――――――――――――――――――
いろんな笑顔、描きたい― にこまるツアー

東京都台東区台東4−30−8 宮地ビル本館7F
TEL (03)5812−7080
FAX (03)5812−7085
E-MAIL tour@nikomaru.jp 
韓国旅行専門サイト  http://nikomaru.jp
イスラエル専門サイト http://www.nikomaru.jp/acts/
株式会社HMC 東京都知事登録旅行業第3-3609号
――――――――――――――――――――――――――


 

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2009年11月19日

聖書を旅する〜荒野の先にある「しあわせ」

主は、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出し、
燃える蛇やさそりのいるあの大きな恐ろしい荒野、
水のない、かわききった地を通らせ、堅い岩から、あなたのために水を流れ出させ、
あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。

それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、
ついには、あなたをしあわせにするためであった…!! 
申命記8:14〜16


荒野の旅路 イスラエル・ネゲブ砂漠

「荒野の旅路」
 Photo: (C) Chikara Takeshita

 出エジプトというと、「エジプト」や「シナイ山」のイメージが強くなりますが、ベエルシェバから南側に広がるネゲブ砂漠一帯こそ、モーセが率いるイスラエルの民が放浪していた場所です。
 現在の国境には捉われず、地図でエジプトとの位置関係を確認してみてください。

 北はダンから、南はベエル・シェバまで―

 ベエルシェバより南になると、水のない荒野…ネゲブ砂漠一帯が広がっていきます。
 砂漠といっても、砂原というよりは、岩肌の表れた、まさに文字通りの「荒野」です。
 モーセの率いるイスラエルの民は、40年間もの間、この地を彷徨うことになります。
 
イスラエル・荒野の旅 車窓から この荒野を旅するとき、旅行者の皆さんにお願いすることは、必ず20分に1口は水を含むこと。
 特に、乾燥地帯に慣れていない日本人は、気づかぬうちに肌から水分が奪われ、瞬く間に脱水症状を引き起こしてしまうからです。
 もし…、それにもかかわらず、
 ガイドや添乗員が、水を用意もしなければ、買う場所にも案内しなければ、どうなるでしょう…。
 おそらく、大クレームになってしまうと思います。

 出エジプトした民が、まずモーセに求めたのも、水。
 これは、ただ喉が乾いたとか、水か飲みたい…というレベルではないのです。
 おいおい、このままだったら死ぬぞ!という、生死を賭けた要求です。

 荒野を旅する時、コップ一杯の水が、まさしく「いのちの水」に変わります。

荒野に生きるアイベックス そんな荒野で、どこで水を見つけるのでしょう。。。野生のアイベックス(野ヤギ)が、顔を覗かせます。
 枯れたような潅木も、地の奥深くにあるような、かすかな水分で生息し、年に1度も雨の降らないようなこの地にも、ひとたび雨が降れば、一斉に草花が芽吹きはじめ、一面に花を咲かせるそうなのです。
 
 一見、死に面した荒野ですが、「いのち」を実感させてくれるのが、この荒野ではないでしょうか。

 それは、頭や概念ではなく、まさしく生活、体全体で、私たちを生かしてくれる「神」という存在をリアルに感じさせてくれるところでもあるのです。

 日本は、水や緑、自然の幸にも恵まれ、どんなに不況とは言っても、世界有数の経済大国であることには変わりはありません。
 にもかかわらず、多くの人が貧しさを感じ、また自殺者も年間3万人を数えています。

 ついには、あなたをしあわせにするためであった…!! 

 イスラエルの土地は、日本に比べれば、決して豊かとは言えないかもしれません。

 しかし、この荒野を通る時、そこはまさしく「乳と蜜の流れる地」になりうるのでした。



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


  旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年11月06日

聖書を旅する〜ダビデの五つの石

ダビデはサウルに言った。
「こんなものを着けては、歩くこともできません。慣れていないからです。」

ダビデはそれを脱ぎ、 自分の杖を手に取り、川から五つのなめらかな石を選んできて、
それを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近づいた…。
1サムエル 17:39〜40


ダビデとゴリアテが戦ったエラの谷

「兵どもの夢の跡 〜エラの谷〜」
photo: (C)Chikara Takeshita

 ユダ部族であったダビデと、ペリシテの巨人ゴリヤテが戦った「エラの谷」。
 2008年10月にはエラの要塞跡から古代ヘブライ文字が発見され、実際に、このあたりでペリシテとイスラエルの攻防が行われていたことも判明してきています。まさしく古戦場であった場所です。

サウルは、巨人ゴリアテに戦おうとするダビデに、自分のよろいかぶとを着させます。
ですが、それを着たダビデは、まともに歩くことも出来ません。
慣れていなかったからです。

ダビデは、サウルのよろいかぶとを脱ぎ捨て、
いつもどおりの羊飼いの格好で、自らが一番得意とする石投げで勝負を挑むのです。

私たちも大きな問題や困難にぶつかった時、
ついつい慣れていない、よろいかぶとを身に付けては、
四苦八苦、守ろうとしているのかもしれません。
他の人も、それでは無理だ、あれがいい、これがいいと薦めてくれるかもしれません。

ですが、なかなか、うまくいきません。慣れていないからです。

神は、一人一人に違った能力、個性を与えてくれています。
ダビデの勇気は、その自分に力を与えてくれている神への信頼からくるものでした。

…私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。
 1サムエル 17:45

エラの谷での石拾い 
 エラの谷での石拾い

自分にとっての得意とするもの、「5つの石」とは何でしょう…。

このエラの谷で、探してみたいものです。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


  旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年10月31日

聖書を旅する〜ナザレから何の良いものが出るだろう…


ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」

ピリポは言った。「来て、そして、見なさい。」
ヨハネ  1:46

ナザレの街並み

「ナザレの街並み」
photo:(C) Chikara Takeshita 


 イエスと出会ったピリポが、ナタナエルに声をかけた時、ナタナエルは、こう答えます。

 「ナザレから何の良いものが出るだろう…」

 ある意味、正解なのです。

ナザレといえば、ガリラヤ地方にある小さな街です。
当時は、本当に小さな田舎の村といった方が適切かもしれません。
今でこそ、世界中のクリスチャンの間では、イエスが育ち、公生涯が始まるまで生活していた街として
有名かもしれませんが、このこと以外には、聖書はもちろん、歴史の表舞台に出てくることはありません。
もし、この事実がなかったら、「ナザレ」という名前が知れ渡ることもなかったことでしょう。

時折、イエスは、「ガリラヤのナザレのイエス」とか「ナザレの大工イエス」とも呼ばれていますが、
いうなれば「静岡の下川原の太郎さん」という感じなのです。

 「下川原」って、どこ?

 …と思われると思いますが、私の生まれ育った所なのでして、まさにそういった感じでしょう。

 そのナザレに行くと、ステンドグラスが美しく、各国の民族の姿で描かれた聖母子のモザイク画も飾られて、立派な「マリアの受胎告知教会」があります。

  
 IMG_1589.jpgIMG_1594.jpg 

…が、今日は、そのとなりにある地味目な「大工ヨセフの教会」に注目します。

地下にいくと、イエスの時代に、大工の作業痕跡がある洞窟があります。

すなわち、この洞窟が大工であった父ヨセフの家と推測され、
ここで母マリアとともに、イエスも生活していたことになります。

大工なのに、自分の家がないということが不思議に感じるかもしれませんが、
当時の大工とは、こういった洞窟に扉や、家具類を作る職人か、
さもなくば、出稼ぎで裕福な家のレンガ造りの家を立てる日雇い大工でしかありません。
 IMG_1613.jpg
大工ヨセフの教会 大工の痕跡が残る洞窟


今にしてみれば、とても貧しい生活です。
ですが、これがナザレの一般的な住まいなのです。

…ことばは、人となり、私たちの間に住まわれた。

しかし、本当に、そういう名もない小さな村で、
しかも、何の肩書きも身分なく、
大工という貧しい生活をしていた、
この「ナザレのイエス」のもとに、
多くの人々は集まり、多くの感動を受け、
ユダヤを揺り動かし、さらには世界に渡って、
その名を響かせていくことになるのです。

「ナザレから何の良いものが出るだろう…」

「ナザレ」に何の意味があるのか…。

実は、ここに聖地旅行の意義もあるように思います。
何のために、イスラエルにまで行ってみる必要があるのか…。

ナタナエルは、ある程度、聖書にも精通していたかもしれません。
確かに、「ナザレ」には、何の預言も、意味も、事件も、ありませんでした。

でも、行って、見なければ、本当のところはわかりません。


 …ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」

   ピリポは言った。「来て、そして、見なさい…!!」


そして、ナタナエルは、この「ナザレ」のイエスと、人生最大の出会いを果たすことになるのです。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
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2009年10月21日

聖書を旅する〜夜明けのガリラヤ湖

夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。

けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった…。
 ヨハネ 21:4

IMG_1547.jpg

ガリラヤ湖の夜明け
photo:(C) Chikara Takeshita


 ヨハネの福音書の最後には、復活した主イエスが、漁に出かけていた弟子たちと会うために、
ガリラヤ湖の岸辺に立たれた記事が出ています。

 明け方、ホテル近くのガリラヤ湖の岸辺に行くと、朝日と共に1層の船が。。。

 イースター(過ぎ越し)のある4月頃、サウジアラビアの方から砂交じりの暑い風が吹き始め、
写真のように靄がかかったようになります。
 ちょうど、主イエスから見た弟子たちの船は、このような情景だったかもしれません。

 主イエスが捕らえられた時、3度「知らない」と言ってしまったペテロに、復活の主イエスは3度、「わたしを愛するか」と尋ねられます。
その「3度」に、ペテロの心の傷が疼くのです。
なぜ、主イエスは、3度、語られたのでしょうか。皮肉か、嫌味か、ちょっと頭にきていたのか、なぜでしょう。。。

 いや、「3度」の傷を負ってしまったペテロだからこそ、「3度」の絆を結ぼうとしたのではないでしょうか。

 当時の漁船をモデルにした遊覧船
当時の漁船のモデルにした船
 ガリラヤ湖の漁師
 ガリラヤ湖の漁師
 ペテロの再召命教会
ペテロの再召命教会
 主はペテロに同じく3度、こう語りかけるのです。

 「わたしの羊を飼いなさい。」
 あなたは、列記としたわたしの弟子だよ。どうか、わたしの羊を養ってください…。

 もし、ペテロが5度傷を追ったのなら、主イエスも5度、
さらに傷ついたのなら、何度でも語りかけてくれるに違いありません。

ガリラヤ湖畔には、この記事に基づく、ぺテロの再召命教会もあります。

不完全な私たちの人間関係の中で、全く傷つかない人はいないと思います。
誰かに傷つけられた傷。誰かを傷つけてしまった傷。私にもいろいろな傷があります。

主イエスの赦しと癒しを受けながら、多くの絆を結べる者へと変えられていきたいものです。


…ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」
 と言われたので、心を痛めてイエスに言った。

「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。
 あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」

イエスは彼に言われた…。「わたしの羊を飼いなさい…。」



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
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 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
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2009年10月20日

聖書を旅する〜エルサレム 十字架の道

彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」

…そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。 
ヨハネ19:15〜16
聖地旅行記 エルサレム 十字架の道

「ヴィア・ドロローサX 十字架を担ぐ巡礼者」
(C)Chikara Takeshita


 アントニア要塞跡から聖墳墓教会まで十字架を背負った道が、ヴvia05.jpgィア・ドロローサです。

 旧市街の中にあり、街の造り、雰囲気は、当時も今もほぼ同じです。聖書の記事や伝承から14のステーションに分かれていますが、それらを探している余裕もないほど、人ごみの中、狭い路地を抜けていくことになります。

 時は、過越の祭りの直前。各地からユダヤ人が集まってきていたことを考えると、多くの人ごみの中で揉まれる様にして歩いていったことがわかります。


■聖墳墓教会

「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。
ルカ 23:33

聖地旅行記 エルサレム 聖墳墓教会
 十字架が建てられたゴルゴダの丘と、主イエスが納められた聖墳墓からなっています。
  旧市街の城壁内に位置していますが、キリスト時代には城壁の外となり、教会のある下の岩には、十字架の立てられた痕跡も多く見つかっています。

 罪状書は「ユダヤ人の王」。

 いわば、テロリスト、政治犯としての死です。
 多くの群集たちが、イエスを支持していったため、当時の宗教政治家たちから危険視されたのでした。
 
聖地旅行記 エルサレム ゴルゴダの十字架 教会には、考古学的にも十字架の痕跡のある岩の上に、金色に装飾された十字架が立てられていますが、実際の十字架は、もっと曲がりくねった、ふしだらけの木に、血と汗の滲む十字架だったはずです。
 
 わずか3年半の公生涯の間、多くの病人を癒し、罪人を赦し、当時の宗教政治家たちから非難を浴びても、人を愛する事をやめなかったイエス。
 
 まさしく、人々を愛し、罪を赦していった結果の十字架だったでした。


イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml

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2009年10月19日

イスラエル旅行の安全度

 外務省の海外渡航情報によりますと、2009年9月30日より、ベエルシェバ、ベツレヘム、エリコなどの危険度が引き下げとなっており、現在のところ、例年以上に安定した状態となっております。

 イスラエル全体に、一番下の危険度ランク「十分注意してください」も出ておりますが、これは例年のものですので、注意は必要にしても、団体旅行で周るに分には、まず心配はありません。
 むしろ、エルサレム旧市街周辺などでは、置き引き、スリ、盗難などの注意の方が大切です。

 エリコ、ベツレヘム、エルサレムなど一部地域を除くヨルダン川西岸地区、ガザ地区、およびレバノン国境付近については、危険度が高く「渡航の延期をお勧めします。」が継続しております。
 これらの地域については、弊社といたしましても観光はお勧めできず、手配も行っておりません。

 弊社のツアー手配では、万全を期して、現地状況に精通した日本人クリスチャンガイドが、最新情報を確認し、安全を確かめた上でご案内してまいります。

 なお、新型インフルエンザに関して、感番下の危険度ランク「十分、注意してください」の感染危険情報も発出しておりますが、人口に対する感染率は、日本よりも低い状態です。
 日本国内と同様に、うがい、手洗いなどの感染予防対策が有効です。

■外務省の渡航情報  ※渡航前には、必ず最新情報をご確認ください。
  外務省海外安全ホームページ http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=44


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外務省「イスラエルに対する渡航情報(危険情報)」(2009/09/30)

2009/10/19現在有効

 ●西岸(ジェリコ、ベツレヘム、ラマッラ及びこれら3都市とエルサレムを結ぶ
  幹線道路並びに西岸内の国道1号線及び90号線を除く)、
  西岸との境界周辺、ガザ地区、ガザ地区との境界周辺、レバノンとの国境付近
    :「渡航の延期をお勧めします。」(継続)

 ●西岸のラマッラ及びラマッラとエルサレムを結ぶ幹線道路
    :「渡航の是非を検討してください。」(継続)

 ●ガザ地区との境界からイスラエル領内40キロ圏内の地域(アシュドッ
  ド、ベエルシェバを含む。ガザ地区との境界周辺を除く)
    :「十分注意してください。」(引き下げ)

 ●西岸のベツレヘム、ジェリコ及びこれら2都市とエルサレムを結ぶ幹線
  道路並びに西岸内の国道1号線及び国道90号線沿線
    :「十分注意してください。」(引き下げ)

 ●上記以外の地域(テルアビブ、エルサレムを含む)
    :「十分注意してください。」(継続)

新型インフルエンザに関する感染症危険情報(2009/10/15)

 イスラエル 「十分注意してください。」

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 ●世界保健機関(WHO)は6月12日(日本時間)、現在の多くの国における
  感染の客観的状況と専門家の評価から、新型インフルエンザのパンデミ
  ック警戒レベルをフェーズ5から6に引き上げました。

 ●また、同時に、WHOは、この新型インフルエンザの感染者の圧倒的多数
  が軽症であり、早期に回復していること、及び世界的には死者数は少な
  く、今後重症・死亡例の急増はない見通しを伝えつつ、引き続き渡航制
  限は推奨しないとしています。他方、更なる感染拡大は不可避であるこ
  と、特に途上国における更なる感染拡大が懸念される旨指摘し、30代か
  ら50代の方々、基礎的疾患を持つ方及び妊娠中の女性が感染すると重症
  化する場合があるともしています。

 ●つきましては、上記のような世界的感染拡大にかんがみ、今後、海外に
  渡航を予定されている方及び既に滞在されている方は、渡航・滞在先の
  感染状況及びWHOの情報等最新情報を入手し、油断せず、かつ冷静に感
  染防止に努めるとともに、感染が疑われた場合には速やかに医療機関で
  受診してください(ただし、国によって状況が異なりますので、渡航・
  滞在先の公館等にご確認ください。)。

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2009年10月17日

聖書を旅する〜鶏鳴教会とイエスの愛したもう一人の弟子

 ペテロは、「鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います。」と
 イエスの言われたあのことばを思い出した。

 そうして、彼は出て行って、激しく泣いた…。 マタイ26:75

エルサレム ペテロの鶏鳴教会

[城壁の隙間から覗いた鶏鳴教会]
photo: (C)Chikara Takeshita

 現在のエルサレム旧市街城壁の南外側に「ペテロの鶏鳴教会(大祭司カヤパの官邸跡)」があります。
 当時は、今の旧市街よりも南側に広がっていて、カヤパの官邸も城壁内に位置しています。

ペテロ鶏鳴教会 エルサレム 逮捕された主イエスは、大祭司カヤパの官邸にて裁判を受けます。そこで、ペテロは主イエスのことを3度「知らない」と否定してしまったわけですが、そこまで行った勇気は褒められるべきことなのかもしれません。

 実は、もう1人、このカヤパの官邸に行った弟子がいました。ヨハネです。
 ヨハネは十字架の元にまで行った唯一の弟子です。
 一見最後まで忠実だったように思えるかもしれませんが、なぜ、ペテロだけは周りから責められ、ヨハネは何事もなく無事だったのでしょう…。

 ヨハネの福音書には、ヨハネは大祭司カヤパと知り合いで、門番とも顔見知りだったことが同時に描かれているのです。(ヨハネ18:15〜16)

つまり、ペテロは「イエスの弟子」として、ヨハネは「大祭司の知り合い」としてこの官邸にいたのでした。

ユダは公然と裏切り、ペテロは公然と否定した。
カヤパ官邸跡の地下牢
カヤパ官邸跡に残る地下牢


でも、ヨハネは…、影で裏切り、裏で否定していたのです。

大祭司と知り合いだから誰からも何も言われず、十字架の元にまで行くことができたし、大祭司と知り合いでいながらも、何もできなかったし、しなかったのです。

ですが、イエスは、そのヨハネに母マリアを託したのでした。

この事実は、他の福音書には描かれていません。

ヨハネの福音書では、最後、ヨハネ自身のことを「イエスが愛された弟子」として書かれています。

生意気そうですが、ヨハネは、「イエスを愛した弟子」とは到底、書けなかったのです。
しかし、そんなイエスを裏切り、卑怯な自分のことをもイエスが愛してくれたという信仰告白でもあり、
罪の告白でもあったのです。

「私たちが神を愛したのではなく、
 神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。
 ここに愛があるのです。」  1ヨハネ 4:10



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
 旅行代金 成田発着 358,000 円  (空港諸税別)
 案内役 竹下 力 (Holy Hope Project 伝道者)
 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
 http://www.nikomaru.jp/acts/tour2010.shtml
 
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2009年10月16日

聖書を旅する〜信仰で維持した国 「嘆きの壁」

 エルサレムの平和のために祈れ。

  「おまえを愛する人々が栄えるように。
   おまえの城壁のうちには、平和があるように。
   おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように…。」
詩篇122:7〜6

エルサレム旧市街 嘆きの壁

 [嘆きの壁の前で祈るユダヤ人]
photo:(C) Chikara Takeshita

 神殿の丘の西側にあるのが通称「嘆きの壁」です。
 下から7段目までがヘロデ王が改修工事をした際の壁で、その上は後の時代に積み重ねられたもの。すべて白色のエルサレムストーンでできていますが、詰まれた年代の違いによって層ができています。地面の下にも実は14段ほど壁が埋まっています。

 その詰まれた石の重さは、祖国を追われることになったユダヤの歴史の重さとも言えるかもしれません。

 「今、イスラエルよ。あなたがたが行なうように私の教えるおきてと定めとを聞きなさい。

 そうすれば、あなたがたは生き、あなたがたの父祖の神、主が、あなたがたに与えようと
  しておられる地を所有することができる。」  申命記 4:1

嘆きの壁の前で聖書を読むユダヤ人 彼らはなんと2000年近くも祖国を失いながら、ただ神への信仰と聖書によって自国の言葉ヘブライ語を継承し、イスラエル人としてのアイデンティティを維持し続けてきたのです。

 いまだ世界地図から、日本 - JAPAN - の名前は消えたことのない日本人には、理解仕切れないものがあるように思います。

 ユダヤ人たちが、祖国復興、神殿再建を願い、この場所で祈る姿から「嘆きの壁」と呼ばれるようになりましたが、しかし、のユダヤ人たちは決して嘆いているばかりではありません。

 ここで神に礼拝を捧げ、聖書を読み、祈ることが彼らの希望でもあり、時に喜び、感謝も捧げているのです。



イスラエル聖地旅行
ことばは人となり、私たちの間に住まわれた…
「聖書の世界をライブする!」 神と人が共に生きた現場へ
2010 年2 月2 日(火)〜2 月12 日(金) イスラエル11 日間


 
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 現地ガイド 柿内ルツ師 (政府公認ガイド・東京聖書学院卒)
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